Shu's Blog

物理学とフォルクローレと競技プログラミング

塾講師バイトを辞めました

ついに塾講師のバイトを辞めました. 最高.

せっかくなので振り返りたいと思います.

きっかけ

学部一年の終わり頃にお金がなくなったのではじめました.

ネットで適当に検索して, しかし家庭教師は家にお邪魔するほどのコミュ力がなさそうだったので避けて, なので塾講師で出てきた G 社に応募しました.

すると募集していない (なんで?) とのことでしたが, 代わりに提携している E 社のアルバイトを紹介できるよとのことだったので, 特にこだわりもなかったので紹介してもらうことにしました.

採用試験はいい感じに突破して (数学と物理と一般常識を受けましたが, 一般常識が一番難しかったです), 全体研修を何回かしてから教室配属となりました.

個別指導をやる

当初はグループ授業をするつもりで応募したのですが, いつの間にか個別指導 (1 対 2) がメインになっていました. グループ授業ほどしんどくはないですが, その分時給が下がるのでどうでしょう...

いろいろと生徒を見てきたので多少書こうと思います. もちろん特定に繋がる情報とかは書けませんが.

ガチギレしたら担当を変えられた

初期の頃に担当していた生徒で, 授業態度がやばいので一回ガチギレしてみたら, 担当を変えてほしいとのことで次回から授業がなくなりました. バイトをはじめて数ヶ月とかだったのでなかなかヘコんだ記憶があります...

質問対応していたら怒られた

これは時間を超過していたのが悪いんですが, そんなに怒らなくても...

受験当日の門前激励に失敗した

正確には門前ではありませんでしたが. 私はバイトなので正確な時間と場所などは知らされておらず, 社員の方と合流してから激励の場所に向かうことになっていました. が, なんと社員が寝坊して生徒と会うのにに失敗...

本命の日じゃなくて不幸中の幸いでした. (よくない)

たまにグループ授業もやる

多分適性を見て個別指導にアサインされていたと思うのですが, とは言っても人が足りないのでたまにグループ授業もやりました.

こちらは時給が高いのに加えて謎の手当もつくのでなかなか嬉しいです. 予習に時間がかかるということでそういうシステムになっているのでしょうが, 中学受験のクラスだったのでそれほど予習することもなく, よく聞く "実質時給は実は ()" みたいな状況にはなりませんでした.

内容に慣れていればいい環境かもしれないですね. ただ個別と違って授業を完全にこちらで引っ張らないといけないので疲れます.

たまにチューター業務もやる

理物に進学してから実験などでスケジュールが不規則になったので, 一時期シフト制のチューター業務をメインにしていました.

あんまり詳しく書くと特定されそうですが, こちらは他校舎にも出向いていくことがあり, そのときはなかなかアウェー感がつらかった記憶があります.

特定の校舎に留まらないので, バイトの組織への帰属意識が薄く, 部署でなかなか問題になっていました. とはいえ専属にするには人数が足りず, 難しいところです.

結局個別指導をやる

最近は結局個別指導をメインにしていました. いちばん (悪い意味での) 神経を使わないので楽ですね.

校舎にもよると思いますがバイト講師の裁量が大きく, 中学生や高校生の担当の場合は生徒と相談して授業の日程を変えたりといったことが簡単にできたので, シフトは比較的柔軟に変えられたのもよかったです.

(これは本来は当たり前のことなんですが, 辞める直前あたりは "この日休みます" とだけ言って社員に丸投げ, ということもできるようになっていました)

カリキュラムも "学期ごとの回数を守ればなんでも OK" みたいな感じだったので, 定期テストの前に集中して授業を入れるようなこともしていました. だいたいこちらのテスト期間とかぶるのでその点は大変でしたが...

受験に失敗した

ごめんなさい.

いや何回言っても自分で手を動かして演習しないのが悪いといえば悪いんですが, その重要性を認識させることもこちらの仕事な気がします.

内容の伝達ミスがあり保護者がキレた

これは完全にこちらが悪いです. 本当にごめんなさい...

内容がやたら難しい

基本的には進学塾ではないのですが, たまに謎の (超) 進学校の生徒などが入ってきてやたら難しい内容をやらされることがあります.

だいたいは対応できますが, 数学オリンピックの問題を持ってこられたときはつらかったです. そこまでではなくても, 東大とか京大の問題をその場で解かされるのもなかなかしんどいですね... 頼むから答を持ってきてほしいです.

社会がわからない

本当にわからない. 小学校でもしんどいです.

社会はできないと入社のときに言ったはずなのに, いつの間にか普通に持たされるようになっていました (なんで?)

インターナショナルスクール

生徒同士で英語で先生の悪口を言うのをやめろ

というのは冗談にしても, カリキュラムも違ったりしてなかなか難しいんですよね. 普通に大学内容とか入っていたりするし, でも受験で不遇だったりと何かと謎な環境です...

塾講師という仕事

まあいろいろなことがありましたが, 基本的にはみんないい生徒でした. 理不尽な保護者さんというのも (ほとんど) なく, あまり精神をすり減らすことなく仕事ができたのはよかったと思います.

ただ本郷に移って以降 (そもそも秋から柏ですし) 家から遠く, 待遇も悪くはないですがすごくいいかと言われると微妙, 何より時間がかかるだけで自分の (技術的な意味での) 成長というのはほとんど見込めないので, このタイミングで辞めることになりました.

担当の生徒に辞めるというのはこちらからは言っていなかったのですが (これは積極的に言うべきだったと思います), どこから聞いたのか最終日に手紙とプレゼントをくれる生徒などもいて, 恵まれてるなあと実感しました. 職場では泣かなかったですが.

深く考えたわけでもなく, とりあえず周りの友達がやっているからという理由で選んだ塾講師というアルバイトでしたが, それでもせっかくやるわけなので, どうせならいい授業をしたいという思いはありました.

面接で志望動機を聞かれたときに, "高校のときに受けたある物理の授業に感動して, もしできるならその体験を, 学問は楽しいんだという経験を, 自分でも提供してあげたい" と答えたのを覚えています.

字面ほど崇高な目的意識があったわけではありませんし, そもそもアルバイトなのでもちろん同じクオリティのものが出せたとは思いませんが, すこしでもそれに近づけられるようにとは努力してきました.

私が大学で物理を勉強することを選んだきっかけになったように, 担当した生徒たちそれぞれがそれぞれの文脈で, 人生における一つのイベントとして塾での授業を位置付けてくれたなら, それ以上のことはありません.

それは必ずしも進路の参考にするということではないと思いますが, たとえば手紙をくれた子がいたように, 何らかの形で思い出を残すことはできたのかなあと感じています. そういう意味ではとても楽しくやりがいのある仕事でした.

三年半という期間, つらいことも多かったですが, 最終的には清々しい気持ちで, やってよかったという思いで終えることができました. 生徒をはじめ, 保護者さんや社員の方, アルバイトのみんななど関わってくれた方々は本当にありがとうございました.

これから

貸与奨学金があるので当面はバイトをしなくても大丈夫ですが, 夏のインターンが終わったら技術系のアルバイトを探してみようかなと考えています.

それよりフェードアウトしてしまったもう一つのアルバイトの方を正式に辞めないといけない...